私たちが普段利用している商品やサービスは、製造から廃棄されるまでの間に多くの温室効果ガスを排出しています。これを消費者にわかりやすく伝えられるのが「カーボンフットプリント」ですが、具体的にどのような取り組みが行われているのか知らないという方も多いのではないでしょうか。そこで本記事では、カーボンフットプリントとは何か、日本や世界での取り組み事例や課題をあわせて解説します。
カーボンフットプリントとは?
出典:https://www.cfp-japan.jp/about/
カーボンフットプリントとは、商品やサービスのライフサイクルで排出された温室効果ガスをCO2で表したものです。製品を作るための原材料の調達から、廃棄・リサイクルにいたるまでの各過程で排出された温室効果ガス量を追跡し、得られた結果をCO2に換算して表示することを指します。
カーボンフットプリントの算出には、商品やサービスの環境への影響を評価する手法である「ライフサイクルアセスメント」を活用します。ここでは具体例として、ハムやベーコンのライフサイクルアセスメントを見ていきましょう。
・原材料を選ぶ:原材料となる肉や穀物、包装資材などの生産・輸送時などに発生するCO2
・商品をつくる:商品の生産や廃棄物の処理を行う際に発生するCO2
・商品を運ぶ:商品の輸送時や、輸送に使用される梱包資材を廃棄する際に発生するCO2
・商品の使用・維持管理:商品の加熱調理や冷蔵庫での保管時に発生するCO2
・商品を捨てる:商品のパッケージなどを廃棄物として輸送・処分する際に発生するCO2
つまりカーボンフットプリントとは、上記すべての過程で排出されたCO2を足し合わせた数値を表示することをいいます。
出典:経済産業省「カーボンフットプリント」(2024年2月)
出典:日本ハム株式会社「ライフサイクルアセスメントの実施」
カーボンフットプリントを表示するメリット
カーボンフットプリントの表示によって、消費者が好んでサステナビリティに配慮した商品・サービスを選択・購入するようになれば、企業は環境に配慮した製品の製造や販売を促進できます。
消費者は利用する商品・サービスのCO2排出量が把握できるため、生活の中でどれだけCO2を排出しているのかを自覚でき、気候変動対策への関心が高まったり、よりCO2の排出量が少ない製品を選択するようになるでしょう。
また、CO2排出量の可視化で削減効率の高い工程を把握できれば、商品・サービスの製造や流通に関わる事業者間で連携しながら、CO2削減に取り組めるのもメリットのひとつです。
ただし、「カーボンフットプリントが表示されているもの=環境にやさしい製品」というわけではありません。カーボンフットプリントは、商品やサービスのCO2排出量がどの程度なのか、他社の商品と比較して高いのか低いのかを判断するのに有効なものといえるでしょう。
カーボンフットプリントの現状
カーボンフットプリントがさまざまな場面で利活用されるようになったことで、算出に向けた取り組みにも進展が見られています。ここでは、具体的にどのような取り組みが求められているのかを解説します。
カーボンフットプリントの利活用シーンが多様化
カーボンフットプリントを活用するシーンが多様化したことで、企業によるCO2排出量算定の重要性が高まっています。
これまでは、消費者に対してCO2排出量を表示するのが主な目的でした。しかし近年では、サプライチェーンにおけるCO2排出量の実態把握や削減対策の検討など、さまざまなシーンでの活用が期待されています。
このような流れから、政府や⾦融市場、消費者・顧客などのさまざまな利害関係者から企業に対してカーボンフットプリントを報告する要求が⾼まっているといえます。
金融市場におけるCO2排出量の開示への要求が高まっている
近年ESG投資に注目が集まっていて、その投資額は全世界で35兆ドル(約4800兆円)に達していると言われています。
ESGとは「Environment(環境)」・「Social(社会)」・「Governance(企業統治)」の頭文字をとった略称です。これらは、企業の持続的な成長を目指すのに重要な考え方とされています。
具体的には、以下のような課題に対する取り組みについて評価します。
・環境(Environment):脱炭素や水質・大気汚染への対応、廃棄物問題など
・社会(Social):人権問題、労使関係、ダイバーシティなど
・企業統治(Governance):経営の透明性、監査体制、リスクマネジメントなど
今後カーボンフットプリントによるCO2排出量の開示により温室効果ガス削減の取り組みが可視化されれば、投資家による選別が進みやすくなるでしょう。その結果、ESGマネーの争奪による企業間の競争が活発化し、さらに取り組みが加速すると考えられます。
このような現状から、金融市場では排出量関連の開示の義務づけ、または推奨する動きが広まっているのです。
顧客のグリーン調達が加速していることも関係
グリーン調達とは、企業などが原材料やサービスなどをサプライヤから調達する際に、環境負荷の低いものを積極的に選択する取り組みです。
グリーン調達で採用される基準については、各企業や業界ごとに異なります。環境負荷の少ない梱包資材を使用しているか、製品に含有されている化学物質の管理が行われているかなど、取引先の経営活動において環境配慮の視点が組み込まれているかなどを評価して調達を行うのが特徴です。
とくに環境への配慮を重要視している環境先進企業では、調達先の選定⽅針として環境負荷の低い製品を優先的に利用する動きが高まっています。これにより、サプライヤ側がカーボンフットプリントの算定情報を開示する動機付けになっていると考えられるでしょう。
消費者や顧客といった需要側がCO2の排出が少ない製品に目を向けることで、これまで温室効果ガスの排出削減に取り組んでいない産業や、企業における取り組みを加速させることが可能になります。
ブランディングやマーケティングにも活用
カーボンフットプリントは、商品のPRや競合他社との差別化など、ブランディングやマーケティングにも活用されています。とくに欧⽶では、国やコンソーシアム、個々の企業などさまざまな組織で商品のカーボンフットプリントを消費者に訴求するための取り組みが活発化しています。
一般的な製品よりもCO2排出が少ない製品を販売し、カーボンフットプリントとして可視化することで、消費者に対して環境問題に取り組んでいることをアピールすることが可能です。その結果として、企業のブランディングやマーケティングにつながると考えられます。
出典:経済産業省「カーボンフットプリントレポート」(2024年2月)
タイプⅢ環境ラベルとは
ISO(国際標準化機構)では、環境ラベルを3つのタイプに分類しています。なかでもタイプⅢと呼ばれるものは、商品やサービスの環境負荷についてライフサイクルアセスメントに基づく定量的データを表⽰する方法です。
タイプⅢに分類される環境ラベルは、製品がどの程度環境に負荷をかけているかを示すことが目的であり、とくに基準は設けられていません。そのため、合格・不合格という判定はせず、購入者に判断を委ねているのが特徴です。
日本ではどのような運営が行われているのか
日本国内においては、⼀般社団法⼈サステナブル経営推進機構(SuMPO)によって「SuMPO環境ラベルプログラム」が実施されています。
同プログラムは、商品やサービスの環境負荷について可視化することで、事業者・消費者・投資家などとの情報共有を促進させ、環境負荷の低減に貢献するのが目的です。
気候変動のほかに、酸性化や富栄養化など複数の環境側面を対象にしたタイプⅢの環境ラベル「エコリーフ」と、気候変動のみを対象にした「CFP(カーボンフットプリント)」の2種類があり、事業者がどちらかを選べます。
出典:⼀般社団法⼈サステナブル経営推進機構「SuMPO環境ラベルプログラムとは」
国内におけるカーボンフットプリントの取組事例
ここからは、日本国内で行われているカーボンフットプリントの具体的な取り組み事例を紹介します。
グリーン購⼊法
「グリーン購⼊法」とは、国などが率先して環境負荷の低減に資する物品等の調達を推進することで、需要面からも環境負荷の低減に貢献できる商品・サービスの市場を促進するため、2000年に制定された法律です。
グリーン購入法の基本方針では、基本的な考え方として以下の3つが掲げられています。
1.環境負荷の少ない物品等及び環境負荷低減に努めている事業者の選択
2.ライフサイクル全体を考慮した物品等の調達
3.最優先されるべきはリデュース
出典:環境省「グリーン購入法」
どんぐり制度
「どんぐり制度」は、経済産業省が実施するカーボンオフセット制度で、商品やサービスのライフサイクルで排出される温室効果ガス排出量を算定し、削減に取り組んでも減らせなかった排出量をカーボン・オフセットする仕組みです。
同制度では、以下2つのうちいずれかの方法で温室効果ガスの排出量を算定することが求められます。
1.カーボンフットプリントコミュニケーションプログラムによる算定
2.LCAエキスパート検定試験合格者等がLCA支援ソフトウェアMiLCAを利用して実施した算定
どんぐり制度に参加することで、商品やサービスに「どんぐりマーク」を表示でき、環境に配慮して作られている製品であることを消費者にアピールできます。
みどりの⾷料システム戦略
農林⽔産省は、食料の生産力向上と持続性を両立させるのを目的として、2021年に「みどりの⾷料システム戦略」を策定しています。その⼀環として、コメ・トマト・キュウリなど一部の農産物に温室効果ガスの排出削減効果を等級で表示するという実証実験を行いました。
削減率を星の数で表し、商品のPOPにどのような技術で削減したかを記載することで、消費者にわかりやすくアピールしています。
出典:農林水産省「みどりの食料システム戦略と農林水産分野における地球温暖化に対する主な取組」
企業におけるカーボンフットプリントの取り組み事例
花王
出典:https://www.kao.com/content/dam/sites/kao/www-kao-com/jp/ja/corporate/sustainability/pdf/sustainability2018-008.pdf
花王では、製品のライフサイクルの各段階に応じたCO2削減に取り組んでいます。
具体的には、約1万品の製品データをデータベース化し、社内システムにより個別製品の算定を行っているそうです。製品や公式サイト上でカーボンフットプリントの算定結果の開⽰はしていないものの、消費者から商品の環境負荷に関する問い合わせがあった際に活用されています。
ミズノ
出典:https://jpn.mizuno.com/ec/disp/attgrp/J1GC2278/
ミズノは、 温室効果ガスの排出量が少ない特定商品についてカーボンフットプリントの算定を行っています。国際規格である「 ISO14067:2018 」を算定基準とし、第三者機関による検証を行い、結果を公式サイトで公表しています。
資生堂
出典:https://corp.shiseido.com/jp/sustainability/performance/env/
資生堂では、特定商品ではなく「洗顔料」や「化粧⽔」といった製品カテゴリーごとにCO2排出量を公開しています。また、結果だけでなく、算出方法についても公開しています。
小林製薬
出典:https://www.kobayashi.co.jp/newsrelease/2022/20221205/
⼩林製薬は、独⾃で「カーボンフットプリント包括算定システム」を構築し、2022年に一般社団法人サステナブル経営推進機構(SuMPO) の 「SuMPO/第三者認証型カーボンフットプリント包括算定制度」の認証を取得しました。これによりカーボンフットプリントの算定から審査まですべて自社内で完結できるため、信頼性の高いデータの迅速な開示が可能になっています。
諸外国の代表的な事例
ここでは、諸外国の代表的な取り組みとして「Foundation Earth」の取り組みを見ていきましょう。
Foundation Earthは、StarbacksやUniliever、TESCO、 ALDIなど、30以上の企業が参加する⺠間企業コンソーシアムです。消費者がサステナブルな購買意思決定を行えるよう、環境負荷を⽰す統⼀的なラベルを開発し、⾷品包材に環境ラベルを表示しています。
同コンソーシアムでは、EUの環境フットプリントの算定ルールである「PEFCR」がすべての製品カテゴリーに対して開発されているわけではない点を課題と捉え、環境フットプリントのフレームワークに基づいたライフサイクルアセスメントの手法やラベル表⽰の確⽴を⽬指しています。
出典:経済産業省「カーボンフットプリントレポート」
カーボンフットプリントの課題
世界的に取り組みが広がっているカーボンクレジットですが、日本ではまだまだ認知度が低く課題も多くあります。ここでは、どのような課題があるのかを解説します。
公平な算定ルールの策定が必要
カーボンフットプリントの効果がいまひとつとされている原因の一つに、算定ルールの曖昧さが挙げられます。
算出ルールが策定されていない業界や製品では、国際規格である「ISO 14067:2018」を参照しながら算出を進めているケースが多くあります。しかし、これは解釈の余地がある部分や詳細が明記されていない事項もあり、企業独自で算出方法を設定しなくてはなりません。
このような状況では、製品の公平な⽐較ができなくなることも考えられるでしょう。そのため、業界団体等を中⼼に利害関係者間で調整しながらのルール策定が求められています。
第三者検証サービスの供給量が不⾜
カーボンフットプリントの第三者検証を利用している企業の数は年々増加しています。
これは、カーボンフットプリントの数値を開示するだけでなく、正確性を確保することが求められているためです。カーボンフットプリントの算定結果の検証については、認定を受けて検証を⾏なっている事業者がいます。一方で、検証可能な機関や検証者の数は限られており、既に検証サービスの供給量が不⾜しているという指摘もされています。
今後カーボンフットプリントの取り組みが拡⼤することが⾒込まれる中、検証の需要が増加した際に対応できる検証サービスを供給できるかが課題となっています。
出典:経済産業省「カーボンフットプリントレポート」
まとめ
カーボンフットプリントの算定・開示を行うことで、CO2の排出削減対策の検討や消費者へのアピールにつながるというメリットがあります。算定の正確性について課題はあるものの、商品やサービスのCO2排出量を可視化するツールとして有効です。消費者としては、できるだけ温室効果ガスの排出が少ない商品・サービスを選択し、地球温暖化対策に貢献していきましょう。
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